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英国紳士が日本に供給した「まぼろしのお酒」
皆さんこんにちは。
お酒が大好きなヨシコシです。

ただ飲んで酔って記憶もままならない時のお酒はさておき、
今日は私が忘れられないお酒と人のお話を。

私は、スコットランドのモルトウィスキーが大好きで、
そもそもの慣れ染めは、奇妙なことにネパールに遡ります。

私が、大学2年になる頃、バックパッカーでして
1ヶ月ネパールを旅した際に出会ったあるバーテンダーを
きっかけに私の人生は大きく舵をきることになりました。

その師匠は、すごく破天荒な方で、
語るのは、またの機会にいたします。

そんなことで、学生の頃からバーテンダーの仕事をすることになりました。

私は師匠の影響でスコットランドのウィスキーの奥深さに
どんどんのめり込んでいき、募る思いから28になる時に、
ついにスコットランドの田舎町に住むことにしました。

選んだ町は、ダフタウンという田舎町。
エディンバラのずっと北にある、
人口たったの1500人くらいの小さな町です。
でも7つもの蒸留所があることから、
「ウィスキーの首都」の異名を誇っております。

ここを拠点に、
15万円で買ったオンボロのシトロエンで
ウィークリー・フラットで自炊しながら
あちこちの蒸留所やピート畑や樽職人の仕事場やら
パブめぐりをしてまわりました。

帰国して3年程別の仕事をして、
世田谷区に小さな自分のバーを開きました。

スコットランドに渡る前、
修行に励んでいたバーでフォレストさんという
スコットランド人に出会いました。
彼は、イギリスの銀行員を退職し、
日本でウィスキーをスコットランドから輸入するための
小さな会社を立ち上げたところでした。

パシフィック・ベイスン・トレードという会社で、
パートナーの岡田さんと二人で、サンプル瓶を持ち歩いて
スコッチに詳しいバーテンダー達の意見を参考に、
レアなボトルの商品化をしておりました。

彼の手腕は見事に尽きました。

日本人では、決して入手できない原酒を
次々に蒸留所と掛け合いボトリングしていきました。

2005年にお亡くなりになるまで
フォレストさんとの親交が続きました。
毎年、フォレストさんの偉大な功績を称え、
十条のアルビオンズ・バーの高木さんが音頭をとって
パートナーの岡田さんや彼を慕う人たちが
集まってささやかな感謝祭を開いています。
建築業界に長く身をおき始めた自分にも
毎年お声掛けをいただけるのは大変光栄なことです。
今年もフォイレストさんに感謝しながら
彼の功績に乾杯をいたしました。

フォレストさんが手掛けたボトルは
空になった今でも、沢山の思い出が詰まっており、
今でも大切な私の宝物です。


ISLE OF JULA 1975 60.9%vol
ISLE OF JURA 1975 CASK №2620
60.9% オフィシャル・ボトル
ボトリング数:192本

小説「1984年」で有名なイギリスの小説家
ジョージ・オーウェルが滞在していた
ジュラ島産のシングル・モルト・ウィスキーです。
このボトルの中身は数種類のサンプルからいちばんおいしかった
樽出しのサンプルからボトリングされました。
当時、私も商品の選定に意見させていただいた思い出深いウィスキーです。
ジュラのオフィシャル(蒸留所公認ボトル)を
独立系のボトラー(インデペンデント)が
販売してしまうという、ウルトラすごい仕事を
デビュー作でいきなりしてしまったフォレストさん。
例えれば、
プロ野球の新人が、初打席の初球で
場外ホームランを打つような衝撃的なデビューです。


SPRINGBANK 36年 49.2%vol
SPRINGBANK 1968 36年熟成
49.2% CASK №489
ボトリング本数:271本
このお酒は、キンタイア半島のキャンベルタウンという町に古くから存在する
蒸留所のお酒。36年の熟成年数の割には非常に淡い色をしておりました。
まるで10年ものと同じくらいの液体、白ワインのような見た目の色合いでした。
ところが、口に含みますと柑橘系の芳醇な香味がパワフルで上品で、
弱い樽で奇跡的に良質な熟成を重ねておりました。
80年代に市場に流通していた8年もののボトルを
そのまま長期熟成させたような、驚くような芳醇さがありました。
これも、
フォレストさんが投げたすごい球の一つ。
彼と再会した時、スプリングバンクのラベルにメッセージを書いてもった想い出のボトル。

その後、
フォレストさんの持参した商品化前のサンプル原酒をテイスティングして、
どれもよくなかった時がありました。

「これまでのフォレストさんのすごい仕事ぶりを考えれば、
ここで妥協しないで、もう一回、別の樽のサンプル原酒を取寄せてほしい」
そう私は御願いしました。
何本ものサンプルがどれもいまひとつで、
その中からどれかはとりあえず妥協して商品化する気持ちだったのかもしれません。
なので、やんわりとだめ出しのコメントに
苦悶するフォレストさんの顔は今でも私の心に残っています。

そして、そのやりとりは
彼との最後のやりとりになってしまいました。

彼は、療養先のイギリスの病院で体調を崩して
亡くなってしまったのです。


BEN WYVIS 27年 45.9%vol
BEN WYVIS(ベン・ウィビス) 27年
45.9%vol 1972年蒸留
ベンウィビス蒸留所は、1965年から1977年までの
たった12年間しか稼動しなかった幻の蒸留施設。
もともとブレンド・ウィスキーに使うために建設され、
歴史的にはウィスキーの中でも工業製品っぽい位置づけでした。
もちろん単一の銘柄としてボトリングされることもなく、
脇役のまま歴史から葬り去られた蒸留所でした。
フォレストさんは、どんなルートからなのか、
この幻の蒸留所の数個残っている樽の情報を仕入れます。
そして、すべての樽の原酒のサンプルを入手して、
スコッチ・ウィスキーに詳しい東京都内のバーテンダーに
どれをボトル詰めするべきかの意見を尋ね歩きました。
私も意見をさせていただきました。
きっと、彼に意見を求められたほとんどどのバーテンダーも
同じ意見であったと思います。
一番良質な原酒が、
フォレストさんの手でボトリングされました。
それが、このベン・ウィビス。

残りのいまいちの原酒は、有名なインデペンデント系会社が
ボトリングして後日に販売されました。
今やオークションで一本数十万で落札されているそうです。
おいしくないのに・・・(苦笑)。

フォレストさんは、そんな
もう二度と生産されない幻の蒸留所の
一番いい原酒をシングル・カスクで加水せずに原酒のまま販売。
これは、未だに幻の中の幻と言えるモルト・ウィスキーでした。

BEN WYVIS 27年
そんなお酒に、また出会うことができました。

フォレストさんが亡くなって後、彼の追悼ボトルを
販売しようと有志の中心で動いていたのが、
アルビオンズ・バーの高木さんでした。
以来、高木さんと親しくさせていただいております。

そんなアルビオンズ・バーの高木さん、
ご結婚のお祝いにフォレストさんのパートナーだった
岡田さんからプレゼントされたのが
あのベン・ウィビス。

今年のフォレストさんを偲ぶ会で、
アルビンズ・バーに集った数名で、
彼の写真を見つめながら
幻のベン・ウィビスを開栓しました。

「フォレストさん、ありがとう!」

皆で写真立てに向かって声を出して偲びながら
ゆっくりとまぼろしの琥珀色の原酒が注がれたグラスを傾けたのでした。


お読みいただきありがとうございました。

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